「過疎地に賑わい」ちょっと一旦冷静になって考えることも必要だよね、という話
過疎地に人が増えたり賑わいが出ることって「良いこと」と思いがちだけど、ちょっと一旦冷静になって考えることも必要だよね、という話。
特に地方創生の文脈で「関係人口を増やす」というものがあってそれはそれでいいことかなと。けれど一旦「自分の家がそこにある」という前提で考えると事情が変わる。
たとえば、自分が静かに日常を楽しんでいる家の周りに、よく知らない元気の良い若者がお店を開いたとする。あるいは、引っ越してきていろんな人を招いて連日賑やかにするとなる。「日頃から付き合ってきて色々知っているあの子」ならいざ知らず、大体の人はちょっとびっくりするのが当たり前であろう。
「よく知ってるAさんの知り合い」が来ていて「いいねぇ、楽しそうだねぇ」「どんなことやってるの」くらいの温かいやりとりができるような関係であれば「ちょっとびっくり」も少し和らぐというものだろう。大切なのはお互いの「ちょっとびっくり」をなくすための作業がワンクッション入ることだと思う。
具体的には、普段からちょっとした挨拶や世間話をしたり、地域のイベントごとでお互いのパーソナルな部分を知ること、だと思う。「知らないにーちゃんねーちゃん」ではなく「〇〇が好きな〇〇くん」とか「〇〇をやってる〇〇ちゃん」という個人として認識し合うことだ。
私もあなたも同じ人間よ、という部分のすり合わせというのは、それなりに時間とイベントが必要なものだったりする。だからわしはそういった部分をすごく大切にしたいし、すっ飛ばしたくない。
若い人でも集めてシェアハウスでもワーケーションでも、ハッカソンでもBBQでもすれば何か「盛り上がっている」ように見えるかもしれない。でもせっかく賑わうならさ、近所のおっちゃんとかおねえさま方が一緒に寄り合ってくれたり、知らないことを教え合える賑わいの方が良いなぁ思う日々なのだ。
自分でも「面倒なことを伝えちゃってるなぁ…」とは思う。けれど、この面倒さを人間関係の豊かさだと思ってくれるような人と一緒に「賑わい」を作っていきたいと思っているのが嘘偽りのない気持ちなのです。一瞬の打ち上げ花火じゃ意味ないですし…!
もし地方移住、特に過疎地域での暮らしを考えている方がいらっしゃれば、ぜひ一度「お試し暮らし」をお申込みください。歓迎しますがおもてなししない、いいとこばかり見せない、リアルなお話しや体験ができることだけはお約束できます。気になることがある方はTwitterのDMでご質問を!
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