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生涯年収の取り崩し人生で良いの?私が地方移住を決意した理由ときっかけ

「そうだ、地方移住しよう」

唐突に思った訳ではありません。3年ほど前から地方の自然豊かな土地へ移り住みたいという漠然とした夢のようなものは持っていました。都会の夜景を見るよりも、田舎に比べて便利な生活よりも、私の心を揺さぶったのは自然豊かな風景だったからだと思います。

当時勤めていた会社の転勤で地方へ2年移り住んだ際、政令指定都市でそれなりの人口規模がある都市でしたが、それでも東京と比べて居心地の良さを感じたのも一つの要因でしょうか。

そうこうしているうちに時は過ぎ、地方から東京に戻ってきました。戻ってきても感じたことは平日の満員電車、休日に遭遇する行楽地の行列、どこへ行っても混んでいる買い物環境…違和感を覚えたことも地方移住に向けて自分自身の背中を押した要因だと思います。

でも、地方移住を決断した一番の理由「自分自身の生きたいように生きなきゃ」という強い思いにかられたことでしょうか。今回は、私が自分自身の人生を自分でデザインするべきだと思った理由ときっかけについてお話します。

若者の皆さん、ぜひ地方移住を人生の選択肢の一つにしてみては如何でしょうか。

地方移住を決意した直接のきっかけ

 

金融資産の運用方針を検討している時でした。

「…そもそも今後どう生きていこう」

自分の人生をどう生きるか考えた時、やはりどうしてもお金をどう工面していくか、という事実からは逃れられないですね。今後100歳になるまでの長期の資金収支はどうなるのだろう、と考えて長期のキャッシュフロー表を作成してみたのです。

これが私の人生の転機になりました。

生涯年収は予め分かっている

 

「当たり前ですがな」

そんな声も聞こえてきそうです。でも、本当にそうでしょうか。結構適当にその場しのぎのザックリ計算でやりくりしてる人、実は多いと思います。そして2~3億円あれば、ある程度何でもできると思っていませんか?

私の場合はそれなりに大きな会社に勤めていましたので、生涯年収で言えばおよそ3億円。退職金も余程のことがなければ最低でも3,000万円程度は出ることが分かっていました。それでも、真面目に試算していくと「何でも好きなことに好きなだけお金使えるぞ」とはならないのです。

むしろ試算すればするほど「こんな人生を歩むために今まで頑張ってきた訳じゃないし、これからも頑張り続けるのなんて無理でしょ、自分」という強い思いにかられるのでした。

その主な要因が大きな大きな固定費である住宅費です。せっかく東京で得た高い賃金も、住まいにかかる固定費で殆どが吸収されてしまうのです。

真面目に今後の収支や必要なお金の量を考えれば考えるほど、地方に行ってなお首都圏のサラリーマンのように安定した収入を得続けることが難しいことは分かります。でも、本当にそれで良いのでしょうか?何か大切なものを見逃していないでしょうか。明らかに割高な「マイホーム」や、とりあえず便利だから、と首都圏に住むことが良いことなのでしょうか。

賃貸に住むとしても、毎月10万円プラス規模の固定費を負担しなければなりません。私が好きなのは自然豊かな風景なのにも関わらず、わざわざ住むための費用に毎月高いお金を払う理由が良く分からなくなってしまいました。東京は子育て環境も控えめに申し上げて壊滅的です。

今の仕事はプロジェクトの大きさや意義からしてとても楽しいと思えるので、テレワークが実現するとしたら是非引き続き働きたいのですが、そうは問屋が卸さないでしょう。「いつまで満員電車で出社するの?上司にテレワークを承認させるための先行事例やサービスまとめ」執筆に当たって色々と材料を得ることができたので、会社と交渉してみようとは思いますが…。

「生涯年収数億円」というケーキを取り崩しながら生きていく

 

生涯年収を試算したことで私は、完全に「今目の前にあるケーキ」をどう切り分けるか、しか考えられていないことに気づいたのです。

最初は「マイホームを首都圏に買うか、賃貸で暮らすか」の試算に過ぎませんでした。東京に通勤圏内の家を買おうと思うと、それこそ億に近い資金が必要になります。あるいは、数千万円を払って兎小屋のような「帰って寝るだけ」のスペースを買うことになります。それなりに稼いでいても、家を買った瞬間にケーキは一気に目減りします。

首都圏郊外に安い価格で一軒家を買えばいい?通勤時間に1時間以上かけるということがどれだけ限りある人生を無駄にするのか、一度考えてみるべきだと思います。郊外はこれから空き家が死ぬ程増えていくのに郊外に家を新築するのは控えめに言って狂気の沙汰としか思えません。

賃貸に住んだって固定費が重いことには代わりありません。まだ「負動産」を抱えない分”マシ”なだけです。

そうして「固定費を除いた今目の前にあるケーキ」をいかに工面して人生を豊かにしていくか必死に考えるのです。そしてその「大きさに限りのある目の前のケーキ」があたかも自分自身の最高のケースであると錯覚してしまうのですね。

いつしか高い固定費(住宅費)ありきで「残りのケーキをどう切り分けるか」ばかりに目がいって「ケーキをどう大きくするのか」ということに目がいかなくなる。

だから、退職金の支給が見えてくると会社にしがみついて、自分自身の人生と貴重な時間を犠牲にしてしまう中年が増えているのではないでしょうか。 40代、50代になってまでそんな人生を歩むのは嫌だ。明確に嫌だ、と思いました。

あるいは、ケーキを大きくするのではなく、人生における大きな支出の一つである住居費(固定費)を減らすことを考えてみてはどうだろうか、と。そこで考え付いたのが、 「地方へ移住して固定を削減しつつ、働き手の少ない場所で”百姓”として複業を行いながら生きる」 ということです。

「資産形成」が必要なのも、自分が充実した人生を送るためですよね。苦しむことなく固定費を下げることができれば、こんなに良いことはないのではないでしょうか。

日本のサラリーマンは高給マクドナルド勤務で時間を切り売りしている

勤め先でもそれなりに仕事はできていた方でしたので、個人の業績評価も上々でした。

ところが周りの人と多少の差はつくとはいえ、年間十数万円程度です。結果を出すべく努力した人の仕事量がさらに増え、働かない社員でもそれなりの給料がもらえる世界にいると「これって結局高給なマクドナルドで時間を切り売りしていることと一緒なのでは?」と思ってしまったのです。仕事内容自体はやりがいがあって面白いことも多いんですけれど。

成果主義の外資系企業でゴリゴリ働くのも一つの手かもしれません。外資系の企業で本当にやりたいことに出会えればそれでも良いと思いますが、私の場合はそうではありません。

何より、自然豊かな場所で有限で貴重な「時間」を大切に生きていきたいという思いがありましたので、生活をする場所を変えることでこのジリ貧レースから抜け出すことにしました。金を稼ぐのが人生の目的ではなく、必要な資金は「本当にやりたいこと」を実現する為に逆算されるものですし。目的もなく「なんとなく」資産形成してどうするんですかね?

chocoさんのTweetはいつも大変参考にさせて頂いているのですが、目指すところが「資産形成」というのはゴールがそもそも違う気がするのです。何のために資産形成しているのか、を先に考えなければ(でも、このご意見は勤め人であることのメリットが非常によく分かるものなので筆者自身の戒めとして引用させて頂きました)。

高給マクドナルドで働き続けて退職後にやれば良いじゃないか、と考える人もいらっしゃるでしょう。でも、逆に聞きたいのですが、やりたいことを我慢し続ける40年のうちに家族ができ、子供ができ、下手したら家も買い…。若さとともに新しいチャレンジから遠ざかってしまうのは火を見るより明らかではないでしょうか。

もう一度言いますが、40年ですよ、40年。その間に死ぬかもしれないのに我慢する必要あるんでしょうか。そして時間は有限です。何のために生きているのか。充実した人生を送るために働いているのではないのですか?

そして自分自身の未来を変えるには、❶付き合う人を変える❷住む場所・環境を変えるのが最も効果的です。

通常の勤め人が払うコストで最も大きな「住宅費」という固定費が非常に低く抑えられるという点においても、地方移住は非常に理にかなった選択肢だと思ったのです。おまけに地方には働き手がいません。複数の仕事で生計を立てつつ、地域の課題を解決に向けた起業家を目指してみよう、と。「後段の根拠なき自信」を形に変えるに当たって固定費を抑える、という言い方が分かりやすいでしょうか。

行動力がある人からは、「真面目に試算なんてするからフットワークが重いんでしょ」「そんな面倒臭いことせずにまずやってから考えようよ」というお叱りを受けそうですが、私自身「守りを固めることが最大の攻撃につながる」と思っているので、最低限人生のシミュレーションは行いながら日々改善を積み重ねていっているのです。退路を確保しながら余裕を持って攻撃していきます。退路を断つとしたらもっとやりたいこと、やるべきことが具体的になってからで良い。

確かに「今日思い立って明日動き出す」には動きが遅いかもしれませんが、本当の本当に無計画の行き当たりバッタリでは成功する「確率」や本当にやりたいことが実現する「確率」が下がってしまうのです。

私は自分の人生を豊かに、充実させたい。その為に自分が今求めているものの近くで、好きなことをやって過ごしていきたい。これが嘘偽りのない正直な気持ちです。

「やりたいこと」「豊かな人生」を実現する為には定年まで待たなければいけないのか?

マイホームのローン返済に終われ、教育費に四苦八苦しつつ、退職してから自由に生きる。そんな人生で良いのでしょうか。20代から考えると65歳の定年までの約40年間を我慢の期間にする理由が見つかりません。

今の20代、30代が定年を迎える頃には年金が支給されるかすら不安な今だからこそ、生涯を通じて稼ぐことのできる仕事を見つけるにはプレイヤーが少なく、固定費の小さい地方が最適ではないでしょうか。都会の一般的なサラリーマンの終始構造は下図の通りです。黄色部分である費用が重く、青い部分の収入も多いですが、仮に年金が支給されなくなった場合のリスクヘッジ、ゼロです。

おまけに高い収入を得るために犠牲にしているもの数知れず。収入だけではなく、支出とのネット、つまり企業で言うところの利益で考えましょう。

固定費が重いと、フットワーク軽く新しいことにチャレンジすることが難しくなります。自分の意識の問題かもしれませんが、行動経済学的な観点から考えれば、行動しやすい環境に自分自身を置いておくことは人生の幅を広げることに繋がるのではないかと思うのです。

一方地方の場合はどうでしょうか。絶対的な収入も減りますが、費用も少なくて済みます。何とかしなければならない中ボスは教育費くらいでしょうか(実は地方移住で一番の課題はこの教育費をどう考えるか、なのですが…)。

「定年」は誰かが作り出した「概念」でしかありません。年金に頼ることができない今、固定費を下げつつ細く長く働き続けることこそが必要になってくると思うのです。何より自分自身が「今、やりたいこと」にすぐ取りかかることができる点が魅力ですね。

私のやりたいこと〜生涯現役でいるためのセカンドキャリアと「しごと」探し〜

このブログのタイトルでもありますが、「年金は自分で稼ぐ」がテーマです。賦課方式で子や孫の代から搾取するのではなく、自分自身の力で死ぬまで金の卵を収穫し続ける。そんな高齢者になりたいと思っています。子供や孫に「未来は明るいぞ」と言えるそんな爺さんになりたいですね。

そのためには自分の名刺で稼げるようにならねばなりません。一筋縄では行かないでしょうが、定年まで40年間会社の看板に隠れていた雇われ人とは比較にならないような充実した人生を歩みます。LINEを退職してZOZOに移ったスーパーサラリーマン・田端氏のような人よりも面白いインパクトを世の中に。

何より、明日死んでも後悔しないように、やりたいことは全部やる。そういう人に、私はなるのです。乞うご期待!

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